跂ちて望めども、高樹に伸びることの博く見ゆるに如かず

「跂ちて望めども、高樹に伸びることの博く見ゆるに如かず」荀子 勧学篇

 

 

「つま先立ちをしても、高い木に伸びることができないのは、遠くを見渡すことができないからだ」という意味です。

 

この言葉は、「論語」の先進篇に出てくる孔子の言葉に由来しています。
つまり、自分の立場や視点からしか物事を見ることができない、広い視野を持つことができず、自分の能力だけでは行うことに限界があり物事を正しく判断することができないということです。
書物や師について学ぶ事ではじめて能力を高めることが出来るということです。
荀子は中国戦国時代の哲学者で、儒家の一派である荀学派の代表的な思想家です。彼は「勧学篇」という著作の中で、教育に対する考え方を論じています。

 

 

 

荀子の「勧学篇」によると、人間の本性には欲望や情欲があり、それを抑えるためには教育が必要だと考えています。彼は、人間は生まれながらにして善ではなく、善を学ぶことによって善人になると主張しています。そのためには、

 

まず学問をすることが大切であり、

 

学問を通じて道徳的な心を養い、知識や技能を習得することができるとしています。
荀子はまた、教育の目的についても論じています。彼によると、教育の目的は人間の理性を開発し、人間性を高めることであり、それによって社会的な秩序を維持することができると考えています。また、荀子は教育の対象として、身分や出身に関わらず、才能のある人々を選ぶことが重要だとしています。
荀子の「勧学篇」は、中国の教育思想に大きな影響を与えた著作です。

 

 

 

例文:
  • 彼は跂ちて望めども、高樹に伸びることの博く見ゆるに如かずという教えを忘れず、常に高い視点で物事を考えた。
  • 彼女は跂ちて望めども、高樹に伸びることの博く見ゆるに如かずという言葉を思い出し、自分の立場にとらわれないで相手の気持ちを理解しようとした。
  • 跂ちて望めども、高樹に伸びることの博く見ゆるに如かずというのは、自分の視野を広げるためには、努力や工夫が必要であるということだ。

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